May 25, 2015
このブログの二つ前のエントリーが、丸山夏鈴ちゃんの 1st シングル「Eternal Summer」の告知でした。
あれから 3 ヶ月も経たない、2015年5月22日13時10分、丸山夏鈴ちゃんは 21 歳の若さでこの世を去りました。
【訃報】がんと闘ったアイドル丸山夏鈴さん死去
このたびの夏鈴ちゃんの訃報に接し、痛惜の念に堪えません。
謹んで哀悼の意を表します。
あれから 3 ヶ月も経たない、2015年5月22日13時10分、丸山夏鈴ちゃんは 21 歳の若さでこの世を去りました。
【訃報】がんと闘ったアイドル丸山夏鈴さん死去
このたびの夏鈴ちゃんの訃報に接し、痛惜の念に堪えません。
謹んで哀悼の意を表します。
今から約 2 年前に、彼女が 6 度目の脳腫瘍手術を受けるという頃、「オリジナル曲を作って CD を出して、収益を全額寄付するという形で夏鈴ちゃんを支援する」という話になり、くじら音楽隊全員でそれを快諾したところから、私たちと夏鈴ちゃんとのご縁をいただくことになりました。
当時、初めて彼女のブログを読んだ時に目にして鮮烈に印象に残ったのがこのエントリーでした。
これから 6 度目の脳腫瘍手術をするというその直前に手術室前でこんなにも明るい笑顔を見せていました。
普通、脳腫瘍の手術を受ける直前にこんな笑顔になれるだろうか。
自分だったら身がすくむほどに怯えるだろう。
今にしておもえば、彼女なりの精一杯の強がりだったのかも知れない。
ただ、これを読んだ当時は、まさかこんな悲しい日が訪れようとは微塵も想像していませんでした。
ましてやこんなに早くに。
この手術の 3 ヶ月後、復帰ライブが行なわれた日の楽屋で、緊張の面持ちの夏鈴ちゃんに初めてお会いし、色々とお話ししました。
とてもホワーンとしていて、すごく天然。短時間の会話の中でツッコミどころ満載という楽しい子だという印象を抱きました。
このまま、CD を出して、ライブ活動をして…。
そう順調にいってくれることを期待していました。
その後、7 度目の手術、そして腫瘍の肺への転移…。
幾度も再発した脳腫瘍は、無慈悲にも夏鈴ちゃんの大切な命を奪ってしまいました。
何故彼女がそんな目に遭わなくてはいけないのか。
神も仏もないのか。
夏鈴ちゃんとの約 2 年間のご縁。
もっと末永く続くご縁であって欲しかった。
本当に無念で無念でなりません。
通夜、告別式は、夏鈴ちゃんの遺志により、ファンの皆さんも参列する形でとのこと。
事前に夏鈴ちゃんのお母様より、以下のような案内がありました。
そう、夏鈴ちゃんのファンである「夏鈴党員」にとっては、夏鈴ちゃんに会いに行く時の服装はこのイラストが入った夏鈴党 T シャツというのがいつもの姿。だからこれがひとつの「礼服」として許される。はたから見て普通じゃないのは夏鈴ちゃんはアイドルという特別な存在だから。
そして昨日、夏鈴ちゃんの故郷、福島県の郡山で、お通夜が営まれました。

エントランスには、これまでの夏鈴ちゃんの写真、衣装、販促ポスター、CD、チェキが展示されていました。
そして、彼女の命を支えた酸素ボンベも展示されていました。
斎場に入ると、祭壇はステージのような作りになっていました。
鯨幕ではなく、夏の空を連想させるような青空の幕がかけられ、ヒマワリの花が咲きほこって、夏の景色が目の前にひろがっていました。
ステージにはトラスで照明機材が吊るされ、ライティングされ、上手下手にスピーカーが積まれ、袖には PA 卓がありました。
ステージ中央には撮影会の時の写真が大きく引き伸ばしになった写真が遺影になり、その前にセンターマイク。そして参列者のほうを向く形で中央に棺が置かれ、その中で夏鈴ちゃんは、安らかな表情、綺麗な顔で、静かにそこに横たわっていました。
「ライブ式葬儀」
一般的なスタイルでのお通夜のあと、長く夏鈴ちゃんに密着取材をしていた福島中央テレビさんが製作した「夏鈴ちゃんから参列者へのメッセージ」として、ライブ映像やドキュメンタリー映像が流れました。
そして、「丸山夏鈴ラストステージ」として、「Eternal Summer」「あなたと私」が流れる中、参列者によるお焼香がありました。
こんなに涙がとめどなくあふれるステージを拝見したのは、人生で初めての体験でした。
吉田豪さんが言われているように、多くの夏鈴党員が、礼服 (夏鈴ちゃんの T シャツ) 姿で郡山まで駆け付けていました。「おまいつ」という言葉がライブ現場に限定されない言葉であれば、斎場でも「おまいつ」がいて、いつもの握手列のようにお焼香をしていました。
夏鈴ちゃんの喜びも、悲しみも、苦しみも、ポジティブなものもネガティブなものも、すべての感情を共に最期まで分かち合うファンの皆さんがあんなにもたくさんいた夏鈴ちゃんは、きっとアイドルとして幸せだったとおもいます。
私ごときが言うような言葉ではないのかも知れませんが、長い間夏鈴ちゃんを応援してくれてありがとうございました。
夏鈴ちゃんの遺作となってしまった、「Eternal Summer」ですが、訃報の影響で、Amazon で信じられないような売上ランキングを記録しています。
前述の通り、この CD の販売によって発生する収益は、全て、夏鈴ちゃんのこれまでを一生懸命に支えてくださったご家族へと寄付されることになっています。
注文多数により、工場への増版依頼を行なう必要があるんじゃないかとおもいますので、実際にお手元に届くまでにはしばらくの日数を要することになるかとおもいます。
丸山夏鈴ちゃんが生きた証として、夏鈴ちゃんが命を削りながら作ったこの作品を是非お買い求めください。
自分はこの作品に携わらせていただいたことを本当に嬉しく、誇りにおもっています。
約 2 年間のご縁の中で 18 歳も年下の夏鈴ちゃんにたくさんのことを教えてもらいました。
夏鈴ちゃん、この歌を大切にしてくれて、一生懸命に歌ってくれて、本当にありがとうございました。
本当に、悲しいし、悔しいし、寂しいです。
今日 25 日は 11 時から告別式が営まれます。
斎場までは JR 郡山駅の西口から車で 15 分程度かかりますので、ご参列される夏鈴党員の皆様はお時間に余裕をもって行かれますようお気をつけください。
開成斎場
福島県郡山市開成3-6-24
当時、初めて彼女のブログを読んだ時に目にして鮮烈に印象に残ったのがこのエントリーでした。
いってきます
またね(ノ)・ω・(ヾ)
手術室前からの投稿
これから 6 度目の脳腫瘍手術をするというその直前に手術室前でこんなにも明るい笑顔を見せていました。
普通、脳腫瘍の手術を受ける直前にこんな笑顔になれるだろうか。
自分だったら身がすくむほどに怯えるだろう。
今にしておもえば、彼女なりの精一杯の強がりだったのかも知れない。
ただ、これを読んだ当時は、まさかこんな悲しい日が訪れようとは微塵も想像していませんでした。
ましてやこんなに早くに。
この手術の 3 ヶ月後、復帰ライブが行なわれた日の楽屋で、緊張の面持ちの夏鈴ちゃんに初めてお会いし、色々とお話ししました。
とてもホワーンとしていて、すごく天然。短時間の会話の中でツッコミどころ満載という楽しい子だという印象を抱きました。
このまま、CD を出して、ライブ活動をして…。
そう順調にいってくれることを期待していました。
その後、7 度目の手術、そして腫瘍の肺への転移…。
幾度も再発した脳腫瘍は、無慈悲にも夏鈴ちゃんの大切な命を奪ってしまいました。
何故彼女がそんな目に遭わなくてはいけないのか。
神も仏もないのか。
夏鈴ちゃんとの約 2 年間のご縁。
もっと末永く続くご縁であって欲しかった。
本当に無念で無念でなりません。
通夜、告別式は、夏鈴ちゃんの遺志により、ファンの皆さんも参列する形でとのこと。
事前に夏鈴ちゃんのお母様より、以下のような案内がありました。
皆さんにまた奇跡をお見せできたらなと約束ましたので、その約束を果たす為に丸山夏鈴の奇跡のライブ式葬儀を考えてます。
生前、「自分の葬式は賑やかにしてほしい。でも見れないのは残念!」と言っており、イベント好きな夏鈴の為にぴったりの準備が出来ました。
どうぞお集まり下さいませ。
— チェリかめ (@cherryyukarin) May 23, 2015丸山夏鈴の葬儀にご参列の皆様へ
夏鈴党Tシャツは礼服となります。
夏鈴も喜びますので着て会いに来て下さい。 pic.twitter.com/PU0pmOwE4W
— チェリかめ (@cherryyukarin) May 24, 2015そう、夏鈴ちゃんのファンである「夏鈴党員」にとっては、夏鈴ちゃんに会いに行く時の服装はこのイラストが入った夏鈴党 T シャツというのがいつもの姿。だからこれがひとつの「礼服」として許される。はたから見て普通じゃないのは夏鈴ちゃんはアイドルという特別な存在だから。
そして昨日、夏鈴ちゃんの故郷、福島県の郡山で、お通夜が営まれました。

エントランスには、これまでの夏鈴ちゃんの写真、衣装、販促ポスター、CD、チェキが展示されていました。
そして、彼女の命を支えた酸素ボンベも展示されていました。
斎場に入ると、祭壇はステージのような作りになっていました。
鯨幕ではなく、夏の空を連想させるような青空の幕がかけられ、ヒマワリの花が咲きほこって、夏の景色が目の前にひろがっていました。
ステージにはトラスで照明機材が吊るされ、ライティングされ、上手下手にスピーカーが積まれ、袖には PA 卓がありました。
ステージ中央には撮影会の時の写真が大きく引き伸ばしになった写真が遺影になり、その前にセンターマイク。そして参列者のほうを向く形で中央に棺が置かれ、その中で夏鈴ちゃんは、安らかな表情、綺麗な顔で、静かにそこに横たわっていました。
「ライブ式葬儀」
一般的なスタイルでのお通夜のあと、長く夏鈴ちゃんに密着取材をしていた福島中央テレビさんが製作した「夏鈴ちゃんから参列者へのメッセージ」として、ライブ映像やドキュメンタリー映像が流れました。
そして、「丸山夏鈴ラストステージ」として、「Eternal Summer」「あなたと私」が流れる中、参列者によるお焼香がありました。
こんなに涙がとめどなくあふれるステージを拝見したのは、人生で初めての体験でした。
丸山夏鈴ライブ式葬儀、ステージに並ぶ焼香の列がいつもと変わらない握手列に見えました。
— 吉田光雄 (@WORLDJAPAN) May 24, 2015吉田豪さんが言われているように、多くの夏鈴党員が、礼服 (夏鈴ちゃんの T シャツ) 姿で郡山まで駆け付けていました。「おまいつ」という言葉がライブ現場に限定されない言葉であれば、斎場でも「おまいつ」がいて、いつもの握手列のようにお焼香をしていました。
夏鈴ちゃんの喜びも、悲しみも、苦しみも、ポジティブなものもネガティブなものも、すべての感情を共に最期まで分かち合うファンの皆さんがあんなにもたくさんいた夏鈴ちゃんは、きっとアイドルとして幸せだったとおもいます。
私ごときが言うような言葉ではないのかも知れませんが、長い間夏鈴ちゃんを応援してくれてありがとうございました。
夏鈴ちゃんの遺作となってしまった、「Eternal Summer」ですが、訃報の影響で、Amazon で信じられないような売上ランキングを記録しています。
前述の通り、この CD の販売によって発生する収益は、全て、夏鈴ちゃんのこれまでを一生懸命に支えてくださったご家族へと寄付されることになっています。
注文多数により、工場への増版依頼を行なう必要があるんじゃないかとおもいますので、実際にお手元に届くまでにはしばらくの日数を要することになるかとおもいます。
丸山夏鈴ちゃんが生きた証として、夏鈴ちゃんが命を削りながら作ったこの作品を是非お買い求めください。
自分はこの作品に携わらせていただいたことを本当に嬉しく、誇りにおもっています。
約 2 年間のご縁の中で 18 歳も年下の夏鈴ちゃんにたくさんのことを教えてもらいました。
夏鈴ちゃん、この歌を大切にしてくれて、一生懸命に歌ってくれて、本当にありがとうございました。
本当に、悲しいし、悔しいし、寂しいです。
今日 25 日は 11 時から告別式が営まれます。
斎場までは JR 郡山駅の西口から車で 15 分程度かかりますので、ご参列される夏鈴党員の皆様はお時間に余裕をもって行かれますようお気をつけください。
開成斎場
福島県郡山市開成3-6-24

